「わかりやすい」企業法務とは何か?~正確性と明快さの両立~

  • 大学院研究員

柴田 睦月

 私は、弁護士として執務しており、特に企業法務と呼ばれる領域を主に扱っています。
 この企業法務とは、クライアントが企業であり、事業活動の様々な場面で起こる法的問題点についてアドバイスをする業務のことを言います。企業様から訴訟をお任せいただくこともありますが、その多くは、事実関係を整理した上で、法的に分析し、クライアントの様々な事情をも勘案して、メールや電話でアドバイスをしたり、意見書を書いたりという内容です。
 自分達のアドバイスが曖昧であったり、二義なく読み取れないような文章であると、企業様に、大きな損害を負わせてしまうことにもなりかねないため、プロとして、ち密に分析し、正確な日本語でプロダクトを作成することが求められます。しかし、正確性を担保しようと追及する結果として、世間一般に、弁護士の書いた文章はわかりにくくて、結局どういうことなのかわからない、という印象を持たれている側面があり、実際に、詳細なプロダクトを作成しても、サマリーを付けた上で納品し、そのサマリーしかほとんどクライアントには見ていただけないというようなことも起こり得ます。そこで、正確さを維持しつつ、もっと直感的にわかりやすいプロダクトを作成できれば、よりクライアントの利益につながると考えました。
 そこで、テキスト情報により正確かつ分かりやすいプロダクトを作成できるようノウハウやスキルを集積することは、すでに企業法務プラクティスにおいて実践されていることなので、ノンテキストの情報や工夫をも加味し、専門家たる弁護士としてのプロダクトをより分かりやすくするためにはどうすればいいかという問題意識をもって研究にあたっています。後述する通り、まずは、わかりやすい企業法務のプロダクトを可視化するスタイルブックの作成に取り組んでいます。

研究活動と成果

 学際デザイン研究領域の修了研究における個人研究は、情報受領者の共感につなげるビジュアルコミュニケーションをテーマに検討していましたが、修了後は、同領域での学びを自身の活動に落とし込んで社会で実践するべく、研究員としてのスタートに際しては、自分の問題意識を個人としての研究に落とし込むための検討を重ねました。

 上記検討の結果、正確性と明快さを両立して、「わかりやすい」企業法務を実現するにはどのようなプロダクト作成が有用であるかということをテーマとしました。

 これまでの自身の執務経験や、周囲の同業者の声の聞き取り、さらに、専門家によるサービス提供の顧客満足度に関する先行研究の精査等を通し、「わかりやすい」とクライアントが満足するためには、文章自体が読みやすいことの他に、情報受領後にどう動けばいいのかが具体的にイメージできるような態様の情報提供であることが必要なのではないか、という仮説を立てました。

 上記仮説に基づき、企業法務のサービス提供場面における「情報受領後にどう動けばいいのかが具体的にイメージできるような態様の情報提供」を可視化する制作研究を進めることとしました。具体的には、わかりやすい企業法務のスタイルブックを作成することに取り組んでいます(おおよそのイメージや、取り上げる題材は添付資料をご参照ください。)。

今後の研究活動

 今年度は、自身のキャリア上の変化等もあったため、年度内に上記スタイルブックを完成させることができませんでしたので、次年度のなるべく早い段階で完成するよう作業を急ぎたいと考えています。  完成後、ユーザーであるクライアントや、同業者の協力を仰ぎ、有用性を検証したいと考えています。その際、どのような項目で検証すれば「有用性」が測れるのかという点について、まずは検討が必要と考えています。  また、今年度の研究を進めつつ、自身のキャリアについても考えることが多かったという経緯から、自分自身の問題意識は、単にわかりやすくクライアントに伝えることにとどまらず、より大きな問題意識として、広く、質が高く適切なリーガルサービスを提供し、正義の実践に寄与することにあるという自覚を強めました。そして、具体的には、①かつて広告規制があった弁護士業において、プロフェッションとしての性質に適い、かつ広くニーズのある所にリーガルサービスを浸透させるために効果的な広告とはどのような態様か、②炎上案件のようなケースを念頭に、自分の考えや想いを正しく伝えるための日本語技術を浸透させるためのリスキリングは、どのように行えばよいか、といった問題にも、時間が許す限り、取り組んでいきたいと考えています。