就職活動生の内省を促す対話カードの開発 ―就職活動生が聴き手になることの効果と支援に関する考察―

奥井 伸輔

一般公開

 我々はチーム研究で、就職活動生(以下、就活生)の内省を促す対話カード(図1。以下、対話カード)の開発を行なった。有効性の検証では我々研究メンバーが聴き手となり有効性が確認された。

 対話カードの開発中、大学生同士でテストした際に、近しい仲でもお互い未知の側面を知る様子が観察された。筆者は、就活生が聴き手になることで、話し手・聴き手の内省がさらに深まる可能性を感じた。しかし良い聴き手になることは難しく、チーム研究でも、聴き手用ガイド作成を課題とした。就活生が聴き手になることを支援できれば、この課題を克服し、さらに内省を深めることができると考える。
 よって本稿では、就活生が聴き手になることの効果と支援に関する考察を行う。

図1. 開発した対話カード

第1章 就活生が聴き手になることの効果の考察

 就活生が他者の就活について聴くと、自分とは異なる考え方に触れ、内省をもたらす効果が期待できる。就活ではないが、学級経営について、教師が他者の実践を傾聴することにより、内省し気づきを得ることが報告されている[i]

 また、臨床心理実習において被傾聴体験が良い聴き手になることを支援する報告がある[ii][iii]。つまり、対話カードで話し手を経験した学生は良い聴き手になり得る。就活生が聴き手になることにより、就活生同士で話し手・聴き手を繰り返し行うことで、就活に関する内省と聴く力の向上を得る好循環も期待できる。

第2章 対話カードの聴き手に必要な構成要素

 心理臨床カウンセラーの本質的態度としてロジャーズの中核三条件「一致」「無条件の積極的関心」「共感的理解」が基盤となっている。表1に中核三条件の説明[iv][v][vi]を示す。中核三条件は一般的な対人支援においても重要で、対話カードにおける聴き手の基盤としても有効と考える。よって本稿では中核三条件を構成要素とする。

表1. ロジャーズの中核三条件([iv][v][vi]より作図)

第3章 聴き手の観察

1.聴き手へのアンケート調査

中核三条件に基づいて開発された積極的傾聴態度評価尺度ALAS[vii]を用いて、聴き手5名を評価した。普段の会話時と対話カード使用時の自己評価を実施した。

1)アンケート概要

(1)観察対象

対話カード有効性検証時の聴き手を担った研究メンバー5名。詳細を表2に示す。

表2. 観察対象の研究メンバー詳細

(2)質問票

ALASは2部構成である。「傾聴の態度」は,「無条件の積極的関心」に関連が強い10項目30点満点である。「聴き方」は「一致」、「共感的理解」、その他傾聴技法に関連が強い10項目30点満点である。点数が高いほど傾聴ができていることを示す。質問票を表3に示す7。

(3)分析方法

「傾聴の態度」と「聴き方」についてそれぞれ対応のある両側t検定を実施した。有意水準は5%とした。

表3.ALAS質問票([vii]より作図)

各項目4件法で3点、2点、1点、0点を配点し、*は逆転項目。


2)結果


 結果を表4に示す。普段の会話時に比べ対話カード使用時は、「傾聴の態度」は有意差が認められなかったが、増加傾向が見られた。「聴き方」は有意差が認められず、「傾聴の態度」に比べると増加幅は小さかった。

表4.研究メンバーのALASスコア(30点満点)(Paired t-test)

2. 聴き手の行動観察
研究メンバーと大学生を観察した。研究メンバーはアンケートと同様の集団、大学生は対話カードプロトタイプテストに協力した4名で、逐語録・録画記録から、中核三条件に関することを抽出した。対象者情報と結果を表5に示す。

表5.聴き手の行動観察結果まとめ

中核三条件が発現している様子を「(+)」、発現していない様子を「(―)」と記す

第4章 考察

 普段の会話時と対話カード使用時の比較の結果、対話カード使用時の方が「無条件の積極的関心」が高い傾向にあった。対話カードによる「聴き手」という役割の明確化と指示された心構えにより、「話を遮らない」「聴き手の意見を主張しない」という行動が促進されていると考える。一方で「一致」「共感的理解」の発現が限定的だったことは、対話カードの支援が弱いためと考える。「一致」は対話カードの最後のプロセス「聴き手が気づいたことを共有する」でのみ支援され、「共感的理解」は支援されていない。

 次に、研究メンバーと大学生の比較の結果、大学生の方が中核三条件の発現は弱かった。「無条件の積極的関心」について、「話を遮らない」「聴き手の意見を主張しない」は大学生にもしっかりと発現していたが、「対話カードのシートに記載されている質問以外の質問はほとんどしない」のように、定められたプロセスを淡々と進める様子が観察された。対話カードは対話の深堀などさらなる積極的傾聴を支援していないことが原因だと考える。

 「一致」は研究メンバーと大学生で差はなく、どちらも低かった。「共感的理解」は大学生ではほとんど観察されなかった。これは前述した通り、対話カードによる支援がないことが理由と考える。永野は、共感的理解は話し手と聴き手の相互作用的な営みであり、表6に示すプロセスを辿るとしている[viii]。対話カードには表6のプロセス3「聴き手は自身が理解したことを話し手に伝え返す」(以下、「伝え返し」)が無い。さらに「話を聴くことだけに集中」と指示されることで、聴き手は「伝え返し」を阻害されていると考える。
 また、大学生では「関係のない冗談を言い合う」が観察された。これは身近な相手と改まって対話することへの恥じらいが原因の可能性がある。共感的理解は近しい人に対してほど難しいといわれている[ix]

表6.相互作用的な共感的理解のプロセス([viii]より作図)

 研究メンバーより大学生が中核三条件の発現が弱いことを考察したが、対話カードによる支援には大きな差はない。研究メンバーは、社会人経験を積んで傾聴力が高いことや、研究の成功を目指すために積極性が強いことが要因として考えられるが、どの要因が支配的かは本稿では解明できない。

 以上より、就活生が対話カードの聴き手になると次のようになると考える。

「聴き手」という役割明確化により、話し手の話を遮らずに聞くことができる。一方で、参加の動機は弱く、顔見知りと改まって対話することに気恥ずかしさを感じる。結果として、積極的に聴かず、対話カードで指示されたことのみを行い、深堀の質問や共感的理解を示すことは少ない。

 今回はプロトタイプテストにおける大学生を観察しており、完成した対話カードとは仕様が異なる。しかし、プロトタイプから完成版への変更点は、行動・感情カードの種類、シートレイアウトであり、完成した対話カードでも大学生の振る舞いは大きく変わらないと考える。

第5章 解決の方向性と今後の展望

 対話カードの聴き手としての就活生の中核三条件発現を支援する解決策について考える。中核三条件のうち「共感的理解」は他の二つの条件と異なり、訓練によって獲得しやすいと言われている。「共感的理解」が訓練により培われた時「無条件の積極的関心」「一致」も行われるとして、中核三条件の訓練として「共感的理解」に焦点を当てられている[x]。また対話カードは聴くことに集中することは支援できているが、共感的理解を促進できておらず、就活生の「伝え返し」を阻害している。以上より「聴き手は自身が理解したことを話し手に伝え返す」プロセスを対話カードに組み込むことが有効だと考える。

 本稿ではプロトタイプテスト時の大学生から考察を行なったが、聴き手観察を目的としないテストであり、人数も少ないことが本考察の限界である。今後改良を行い、聴き手としての就活生を観察する必要がある。

結  

 就活生が聴き手になることの効果と支援に関する考察を行った。対話カードの支援により就活生は聞くことに専念するが、積極的に聴くのではなく指示された質問のみ行う。解決の方向性として「伝え返し」プロセスを組み込むことが有効と考える。


[i] 伊藤英希「教職大学院授業における現職院生の学級経営についての省察」千葉大学教育学部研究紀要、69、2021・03、pp.135・144

[ii] 山田美穂「臨床心理実習授業における「被傾聴体験」をめぐる多声的検討 : 担当教員と受講生それぞれの振り返りを通して」就実大学大学院教育学研究科紀要 = Bulletin of the Graduate School of Education, Shujitsu University、6、2021、pp.87・102

[iii] 「傾聴してもらう」ということが新鮮な体験であり、「傾聴されるということはこういうことなのか」という実感を生み、聴き手として成長するという。

[iv] 村山正治監修 『ロジャーズの中核三条件 一致:カウンセリングの本質を考える 1 』創元社、2015、p.3

[v] 飯長喜一郎監修『ロジャーズの中核三条件 受容:無条件の積極的関心:カウンセリングの本質を考える 2』創元社、2015、p.2

[vi] 野島一彦監修『ロジャーズの中核三条件 共感的理解:カウンセリングの本質を考える 3』創元社、 2015、p.4

[vii] 三島徳雄『看護に活かす積極的傾聴法:こころが通い合うコミュニケー ションをめざして』メディカ出版、1999、p.182

[viii] 永野浩「feelingをベースとする共感的理解」野島一彦監修『ロジャーズの中核三条件 共感的理解:カウンセリングの本質を考える 3』創元社、 2015、p.44

[ix] 三國牧子「共感的理解を通して」野島一彦監修『ロジャーズの中核三条件 共感的理解:カウンセリングの本質を考える 3』創元社、 2015、p.14

[x] 三國牧子「共感的理解を通して」野島一彦監修『ロジャーズの中核三条件 共感的理解:カウンセリングの本質を考える 3』創元社、 2015、p.13

参考文献

  • 飯長喜一郎監修『ロジャーズの中核三条件 受容:無条件の積極的関心:カウンセリングの本質を考える 2』創元社、2015
  • 伊藤英希「教職大学院授業における現職院生の学級経営についての省察」千葉大学教育学部研究紀要、69、2021・03、pp.135-144
  • 野島一彦監修『ロジャーズの中核三条件 共感的理解:カウンセリングの本質を考える 3』創元社、 2015
  • 三島徳雄『看護に活かす積極的傾聴法:こころが通い合うコミュニケー ションをめざして』メディカ出版、1999、p.182
  • 三島徳雄「産業・経済変革期の職場のストレス対策の進め方: 各論 1. 一次予防 (健康障害の発生の予防): 教育, 研修: リスナー教育」産業衛生学雑誌、43 巻 2 号、2001、pp. 27・31
  • 村山正治監修 『ロジャーズの中核三条件 一致:カウンセリングの本質を考える 1 』創元社、2015
  • 山田美穂「臨床心理実習授業における「被傾聴体験」をめぐる多声的検討 : 担当教員と受講生それぞれの振り返りを通して」就実大学大学院教育学研究科紀要 = Bulletin of the Graduate School of Education, Shujitsu University、6、2021、pp.87-102

奥井 伸輔 オクイ シンスケ

所属:芸術専攻 学際デザイン研究領域

1984年 大阪府生まれ。名古屋大学理学部卒、京都芸術大学大学院 学際デザイン研究領域(Master of Fine Arts) 修士課程修了。京都芸術大学大学院 芸術研究科 研究員。  製薬企業で営業・マーケティング・組織文化開発を経験し、現在は医療 ITスタートアップ、株式会社ハート・オーガナイゼーションにてマーケティング部 部長を務める。 研究テーマ 「就職活動生の内省を促す対話カードの開発」 「パーキンソン病患者の主観的QOLを高めることを目的とした同病者同士のコミュニティデザイン」