社会人のオンライン学習環境における心地良い居場所を実現するツールの開発
- 大学院研究員
山田 亜紀子
梶田 直美
-------------
人生100年時代、あるいは将来の予測が困難なVUCA時代と言われる状況を背景に、大人の学びの重要性が認識されつつある。京都芸術大学では、2020年4月より社会人向けに完全オンラインによる大学院のコースを立ち上げ、1学年50人を超える社会人が在籍し学んでいる。筆者らが行った学生アンケートによれば、94.2%の学生はMFA(芸術修士)を取得するだけでなく、大学院コミュニティが将来自分のためになると期待している。一方で、オンラインではつながりを作りにくいと感じている状況も明らかとなった。
本研究では、社会人たちがリアルに会う場がない中、学生間の関係性を育むための心地の良い居場所の存在が必要であると仮説を立て、ANnKA-HOOK(アンカーフック)と名付けたコミュニケーションツールを開発し、主催者から特定のお題を与え少人数のグループでコミュニケーションする場を生成する取り組みを行った。
検証結果から、オンライン上での心地の良い居場所の実現に関しグルーピングとお題の提示が重要な要素であると結論づける。適切な人数が交流のしやすさを促したと8割超の参加者から高評価を得た。またお題に沿った自己開示の書き込みが行われることで、人となりが見えるポジティブな交流に発展した。プロトタイプ後に6割以上の参加者がANnKA-HOOKの交流でポジティブな印象を持ったと回答した。交流が進めばお互いの人となりが更にわかるようになり、互助が発生するなどますます心地の良い居場所になると期待するが、そこまでには至らなかった。1つのお題に対して5日間では非同期書き込みによる会話の往復が少なかったこと、参加者がお題を意識して他の話に発展し難かったことが理由として挙げられる。ファシリテータによる介入を行う場合は、参加者と個別に会話すると参加者間の交流阻害要因となり得るため、会話の展開を促すことに注力することが重要である。
研究活動と成果
22年度の研究活動としては、修士研究で開発したツールのバージョンアップと入学間もない大学院生に対してのプロトタイプテストを実施し、追加検証を行った結果、新たな見解を得られた。プロトタイプテストの結果をまとめ、日本教育工学会の全国大会にてポスター発表を行った。
【活動1】ツールのバージョンアップ
修士研究の中で得られた意見を踏まえた以下の修正を行った。
・コメントに対するリアクションを簡単にできるようにした(いいね、超いいね、悲しい)
・コメントへのリプライ機能を追加(@メンション機能)
・グルーピングした理由をツール上に明示した(xxな共通点がある人たちです、など)
・AirUへのリンクやカレンダー機能など、初回でほぼ利用されなかった機能を削除
・ツールの利用方法を動画で常に確認できるようにした
【活動2】3期生へのプロトタイプテスト
4月に協力依頼、入学して間もない時期である5月に実際にツールを使ってもらった。修士研究時よりも1グループあたりの人数を3-4人から5-6人へと少し増やし、グループ替えの回数も2クールから4クールへ増やし実施した。テスト期間中、ツールの存在を忘れがちになることがわかったため定期的にメール発信を行い、ファシリテーションも積極的に介入した。これらの活動の結果として、以下の新たな見解を得ることができた。
・入学から半年以上を経過した学生を対象に検証をおこなった修士研究と今回の結果の比較から、本ツールの導入は他の学生との関係性を構築できていない時期に実施することが有効であった。
・ホワイトボードを使う人がグループに2名以上集まると、ホワイトボードによるコミュニケーションが活性化しやすい。ホワイトボードによるコミュニケーションは絵や写真が連想的に追記されていく、平面的に広がるという特徴を持つ。
・リアクション機能を追加したことで、グループメンバー間の気軽なやりとりが増えた。
・メール発信や適切なファシリテーション(ファシリテータによる自己開示やリアクションなど)がコミュニケーションの場の活性化に寄与した。ファシリテーションは、1対1に閉じた会話になりほかの人が入りにくくなることを避けることが重要であった。
【活動3】日本教育工学会発表
2022年9月10日~11日に開催され、11日午前のポスターセッションにて発表した。
説明時間中はポスターを見に来る人がほぼ途切れず、およそ10数名の方に説明を行い、実際に企業研修や大学などで教育にかかわっている方や学生と活発な質疑、議論を行うことができた。「既存のツールとの違いは何か」という質問を何人かから受けたが、強制的にグルーピングを行ったりお題を提示するといった仕組みに特徴があることを改めて説明した。プロトタイプテストの詳細かつ具体的な内容にも興味を持っていただき、「グルーピングの人数」や「グループ分けの方法」、「お題の決定方法」といった質問を受け説明した。また、「非同期だけにこだわりすぎず同期コミュニケーションも取り入れるといいのではないか」、「参加者にもっと役割を与えたほうがよいのではないか」、「VRを使ってみたらどうか」といった様々なアイディアに関するコメントもいただいた。さらに、「忙しいという意味では実は社会人だけではなく、大学生も同じ。大学生にも適用できるのではないか」と適用範囲の拡大の可能性についても示唆いただいた。
全体を通してオンラインでのコミュニケーションに課題意識を持っている人は多いと改めて確認した。
また、学会に参加したことにより様々な関連する研究を知り考えるきっかけとなった。例えばオンライン学習に関して、オンライン同期とオンライン非同期の活動を組み合わせることで学習の効果が高まるといった研究があり、コメントにもあった「同期コミュニケーションの取り入れ」の有効性が高い可能性を感じた。
今後の研究活動
本研究成果をオンライン学習環境以外の他分野にて応用可能か、本研究成果をベースにさらに新たな機能を実現し居心地の良い場の形成が可能か、については引き続き模索していくが、具体的な活動プラン策定と実行には少し時間がかかる見込みである。開発したANnKA-HOOKによる研究活動は一旦終了としたい。
謝辞
本研究の遂行にあたり、指導教官として終始多大なご指導を賜った、京都芸術大学大学院教授早川克美先生、並びに同大学院准教授浅井由剛先生に深謝致します。快くプロトタイプテストに参加してくださった学際デザイン研究領域二期生、三期生に感謝いたします。早川ゼミの皆様には、本研究の遂行にあたり多大なご助言、ご協力頂きました。最後に、修士研究を共にした佐藤あゆ氏、井上和興氏、諸橋峰雄氏に感謝の意を表します。