地域の記憶継承手段としてのオノマトペの有効性評価

  • 大学院研究員

松山 洋平

研究概要

1. 背景
 静岡県熱海市の熱海地区の調査中、地域を象徴する温泉施設が突然閉業し取り壊される状況に直面した。この変化は都市景観に影響を及ぼしたが、地域住民の反応は限定的であった。そこで、住民の生活圏と水辺の距離の拡大が地域アイデンティティの希薄化につながるとする先行研究を踏まえた調査の結果、かつて海と深く結びついていた当該地区の海辺が、住民の生活圏から物理的・心理的・社会的に遠ざかっている実態が明らかとなった。このことから、対象エリアにおける「生活の変遷」の調査を行うに至った。

2. 研究の目的
 本研究は、地域住民の生活の変遷調査を経て、「住民の集合的記憶」が地域アイデンティティに与える影響を明らかにするものである。特に、聴覚に関わる「音」とオノマトペ(擬音語など)の地域の記憶継承手段としての有効性を評価することを目的とする。

3. 研究手法および結果
 本研究では、熱海地区の海辺で聴こえる音の特性とその発生地点との距離に着目し、収録した音をオノマトペに変換し、地図上で可視化するウェブサイト「オノマトペマップ」のプロトタイプを作成した。分析の結果、海との距離によってオノマトペ表現に一定の傾向が見られることが明らかとなった。具体的には、海に近づくにつれて住民が日常的に意識しにくい音の割合が増加し、それに伴いオノマトペの表現がより多様化し、細分化する傾向が確認された。
 さらに、昭和期から現代に至る生活の変遷を考現学的視点から考察するため、住民への聞き取り調査を実施し、年齢層ごとの海辺に対する意識の違いを明らかにした。その結果、オノマトペの表現と住民の世代間での記憶のあり方との関連性が浮かび上がり、オノマトペが地域の集合的記憶の蓄積に寄与し得ることが示唆された。本研究の成果は、オノマトペが地域記憶の継承手段として有効であり、ひいては地域アイデンティティの形成にも資する可能性を示すものである。

4. まとめ
 本研究を通じて、住民の生活の変遷が明らかとなった。世代交代に伴い、海辺のまちとしての地域アイデンティティが次第に希薄化していることが確認された。そして、住民の暮らしの記憶を未来へ継承する方法として、オノマトペが有効な手段であることが示された。現在、熱海市内で異なる地域特性を有する網代地区で同様の調査研究を進めている。

研究活動と成果

・オノマトペマップ(ウェブサイト)公開(2025年3月リニューアル中)
・研究報告会(熱海市歴史文化ゼミ報告 2024年3月5日、熱海市長報告 2024年4月24日など)
・ワークショップ開催(ふねの模型づくり2024年8月22日、ふね乗船体験2024年11月23日):メディア掲載(熱海新聞一面掲載 2024年11月26日)
・研究活動:メディア掲載(熱海新聞一面掲載 2025年3月17日)

今後の研究活動

「海辺の地域アイデンティティの考察」について、修士研究時点で筆者が提案した「音を通じた地域アイデンティティの継承に関するフレームワーク」を基盤に、熱海地区と網代地区の海辺の音の探究をすすめる。また、地域アイデンティティに関連するコンテンツとして「鹿島踊り」に関する詳細な調査を実施する。
 また、「海辺の遊び場のデザイン」を人生100年時代のライフワークに設定している筆者は、自ら製造した船を活用し、熱海地区と網代地区での乗船体験イベントを実施してきた。この活動により、地域住民や子どもたちとの接点が増え、地域の海辺について考察するための環境が構築された。2025年度も引き続き、ハードとソフトの両面から小さな成功体験を積み重ね、関係者を増やしながら、地域研究に立ち戻りつつ、住民とともに価値ある地域アイデンティティの構築を目指す。